地球一周       1969.3・1〜30  31.5歳




地球を一周した市場調査の際の思い出に残る写真が見つかりました
ご笑覧下さい。

1969年当時は共産圏上空は飛行出来ない為に
アラスカ経由ルート(給油に4時間アラスカ空港内で待機)
北極上空を経て北欧に入るルートで、機長より只今北極点を通過との
アナウンスとともにハッピが配られ機内から歓声が上る。

スチュワーデスより北極点通過証明書が搭乗者全員に渡された。

北極で極地点を踏むには大変な苦労が伴うのにとの思いが脳裏をよぎる。
後、2ヶ月位早ければオーロラを観ながら飛行出来たかも知れない。
到着まで16〜7時間かかり1日の内に日の出と日没が2回あり
そのつど軽めの食事が出て来たのには驚きました。

コースは羽田空港→アラスカ→ハンブルグ(JAL→SASに乗り換え)→デンマーク
(コペンハーゲン)→スエーデン(ストックホルムでLufthansa機に乗り換え)→

ドイツ(ハンブルグ〜フランクフルト)→イタリア(ミラノ〜ローマ)→オランダ(アムステルダム)→

ヨーロッパ横断鉄道でスイス(チューリッヒ)→フランス(パリ)→イギリス(ロンドン)→

北米(ニュウヨーク〜シカゴ〜サンフランシスコ〜ロサンゼルス、ラスベガス〜ハワイ〜羽田空港

約1ヶ月の早歩きでした。(31.5歳の時です)


デンマーク王宮にて
デンマーク王宮にて                1969/3/1〜30 
ノースポールを通過した際、北極点通過、証明書とハッピご配られました
北極上空通過した際、ノースポール通過証明書とハッピが配られ歓声が上がる
デンマークで最初に訪れたのはアンデルセン童話の人魚の像でした、海は凍結していました。
デンマーク コペンハーゲン 人魚の像   海は凍結していました
 
パリ ルーブル美術館を2日間 訪れる、国立美術学校の生徒が模写をしていました

ストックホルム で流通業界大手の会社での会議
ストックホルムでの会議(外気温−10℃以下とのこと)
スイス チューリッヒにて 最大の小売業Migrosでの会議
スイス(チューリッヒ)小売業界最大Migrosでの会議
アルスター湖は凍結していた。ドイツ語の堪能なソニー社員のNさんBMWで迎えに来て頂く
ドイツで二番目に人口の多い都市ハンブルグでSony,西ドイツ駐在の
ドイツ語が堪能な「NAGASHIMA」氏にBMWで街を案内頂き
営業所、創成期のお話を伺う事ができました。
 
40年前の当時ヨーロッパ地域に70名程日本の本社から派遣されているとの事でした。

「NAGASHIMA」氏はSony外国部入社時3ケ月当社に研修に来られた経緯があります
 オランダ アムステルダムにて
 オランダ(アムステルダム)
 アムステルダムの大型電気店で
オランダ(アムステルダムの大型電気店)にて
ロールスロイスと記念撮影
パリ市内投宿したHOTEL前で ロールスロイスと
霧のロンドンブリッジ 
霧のロンドンブリィジ この後 大英博物館に向う
ニューヨークの高層ビル街をエンパイアステートビルより
ニューヨークビル街を、エンパイアステートビル展望台より
 ストックホルムの40年前当時の町並み
  ノーベル賞の授与式の行われるストックホルム40年前の町並み
当時の高さ381mのエンパイアステートビル
昼間登ったエンパイアステートビルのライトアップ
Sony、USAの「HASEGAWA氏」に

アメリカ電機業界の市場についてお話を聞伺う機会を得,

ライトアップされたエンパイアステートビルが真正面に見える
80階位に有るレストランでニューヨークの夜景を堪能し

ピアノ演奏を聞きながら会食できるNYで最高のお店とのことでした。
ハドソン川が右に見えています。
飛行機からの撮影では有りません、
残念な事に男同士でした。
シアーズローバック本社の事務所
シカゴシアーズローバック本社オフィイス内
伝票は書類はエアーシュータで送られて来るる
 シカゴに本社の有る、シアーズ ローバック 
当時 社内の伝票や書類は エアーシューターで運ばれていた
パリー モンマルトルの丘の画家達です
画家の沢山集まる パリー モンマルトルの丘 (地下鉄に乗り町を散策する)
フリーウエイ片側6車線に驚いた、スポーツタイプのカマロで最高100マイル走行でした5時間の間数台しか合わなかった
LOSからラスベガスに向う片側5〜6車線のフリーウエイ(無料)
最高速度100マイル(160キロ)走行でした
スポーツタイプカマロでラスベガスニネバダの砂漠を100マイルで飛ばす、流石のアメリカ車もオーバーヒート、とゴールドラッシュで栄えたキャリコで休憩したとたんラジエターから蒸気が噴出し全て噴出してしまった、途方に暮れtが神様は居るものですね〜近くにこの水はグランドキャニオンから運ばれている水です、大事に使って下さいと英語で書かれていた水道の蛇口が1個だけある。エンジンを冷やしてから水を入れラスベガうに向かい24:00まで遊び朝の食事タイム07:00に滑り込みセーフ 

浦安にデズニーが出来る前、ロスアンゼルス、デズニーに2回行く機会が有りました。

この後にスポーツタイプの車カマロでゲートに迎えに来ていただいたF氏とラスベガスに向う、
砂漠に入る手前のガソリンスタンドでガソリン4ガロンタンク2本をトランクに積み込み
フリーウェイを最高100マイルで飛ばす、さすがのアメリカ車も途中砂漠ノ真ん中に有る
キャリコ(ゴールドラッシュで栄えた所)で
エンジンを止めた瞬間、凄い勢いでラジエーターから蒸気が噴きだした。
オーバーヒートである、半分ほど水がなくなる。
運よく近くにこの水はグランドキャニオンから引いてある水ですと
地上に50cmほど出た蛇口が1本だけ有った天の助け、大事に使ってくださいと
英語で書かれていた、助かった。
バスも無い日本のJAFのような組織はUSAにはまだ無かった。
行きかう車は殆ど無い、砂漠の真ん中で命拾いをしました。

2回目はLosから飛行機で向かい、ラスベガスではホテルに泊まりショウとギャンブルを
堪能する。バニーガールがアルコールを無料で
振舞ってくれ、
深夜まで楽しく僅かな予算でギャンブルが出来たが儲かる事は無かった。

ガラス張りのVIP Roomで100ドル紙幣を高く積み上げ、賭けている産油国の
豊満なセレブらしき姿と、自分が賭ける金額のギャップにため息が出る。、

ガラス張りのVIP Room 出入口にはカービン銃を持った巨漢の
セキュリティーが二人、仁王様のようにガードしている。(撮影禁止の為、写真なし)

ホテルはスターダスト(Star dust)でした、前のホテルでエルビスプレスリーの
ショウが行われていたが、ギャンブルの方が面白いので行かなかった
その後プレスリーが亡くなったと知り、観に行くべきだったかと悔やんだ。

Losデズニーランドにて (1回目)この後ラスベガス迄ドライブ翌朝7時に帰る
40年前にはスケールの大きさに驚く、デパートがシアーズとメーシーの2社に 150店の専門店と広大な駐車場 
 ハワイ、アラモアナショッピングセンター

香港、マカオ旅行の添乗員で行きました

香港 マカオ旅行 第1班に添乗員として
  1969年5班に分かれて香港、マカオ旅行(6回ほど訪れる)
 香港島へジャン船で渡る(手漕ぎ)
 ジャンク船でホンコン島に渡る(現在はトンネル?)
香港マカオの旅 
 香港に優待旅行で6回目の添乗員として(私の腕の腕章が良く見えませんね〜)
映画 慕情のロケが行われた、聖ポール天主堂跡で
 聖ポール天主堂跡 映画 慕情の撮影場所で有名です
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(写真は時系列では有りません)


     

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